コバルトブルーからの飛翔

とりとめのない現実について書いていくブログ

だから人間は学び、努力し、自分を磨かなきゃいけないんだ。

 お久しぶりです。いやーさぼっていました。

 書きたいネタとかは結構浮かんで来るのですが、いざ文字に起こそうとするパワーを最近は失っていましたね。失ったと言うか、それにパワーを割く気分じゃなかった(それは内面的要因も環境的外部要因も)と言う方が正しいかもしれません。

 

 というわけで久しぶりに書いている訳ですが、今日は散文になりそうです。

 

 最近は外部研修が10時〜18時と割と余裕もあるので、先週は週4回ジムに行ってました。強制的に体を動かす環境を作る事は自分にとって大事みたいです。外部研修の方も飲み会にはあまり顔を出せていないのですが、割と楽しくやってます。

 

 ベスキャリの方も、後輩達がとても頼もしかったです。僕らの1年間の経験とか、どうしてもそういう目で見てしまっている事は仕方が無い事で、なんだかもしかしたら生まれて初めて

 「先輩」

 という立場を強く意識させられた場所でした。また、もう少し噛み砕いたら記事にする日がくるかもしれません。

 

 そして、最近は読書家な私ですが、「真夏の方程式」を読みました。

 実はガリレオシリーズを読んだのは初めてなのですが、僕はガリレオ先生の理性的な判断であったり、その疑問に真摯なところは改めてすごいなぁと思い、そしてその姿勢に憧れて、ガリレオシリーズは今年中に読破しているんだろうなって気がしてます。

 

 で、今回印象に残ったというか価値観を揺さぶられたことは僕の言葉に変換すると、

 

 事実はあって、それを説明できても、だから全ての謎を解いた事にはならない。事象が物語る一見した「事実」は、人間生活における「事実」とは必ずしも一致しない。なぜなら人生は一人一人の、個人であり、繋がりの中で生まれるものだから。

 

 って感じです。詳しくは本を読んでくださいw そしてこの言葉は僕にはそこまでしっくり来なかったので、原文をそのまま引用して、久しぶりのブログとしたいと思います。

 

 「どんな問題にも答えは必ずある。」

 「だけどそれをすぐに導きだせるとはかぎらない。人生においてもそうだ。今すぐには答えを出せない問題なんて、これから先、いくつも現れるだろう。そのたびに悩む事には価値がある。しかし焦る必要はない。答えを出すためには、自分自身の成長が求められている場合も少なくない。だから人間は学び、努力し、自分を磨かなきゃいけないんだ。」

 

 なんだか、すごく深い気がするのです。でもシンプル。

 きっと、自分は自分自身の成長が求められているのだろう。

 僕は学び、努力し、自分を磨かなきゃいけないんだろう。

 ただ、今の僕にはそれがどんな方法か、手段かも分かってはいない。だからこそ学ばなきゃいけないんだろう。その方法すらも。それで最近は無意識的に読書量を増やしているのかもしれない。自己啓発書とかは全く読まないんだけど、小説とか、学問書とか、そういうのから何かを学べる気がしている。それは良い事なのかは分からない。時間を浪費しているのかもしれない。安全な世界に逃げているだけかもしれない。でも、今の自分には大事な気がしている。

 

 そして、現実世界でも自分なりにもがいてみようとは思っている。全然もがけてないけど。それは痛感している。本を読んでも、現実と対峙していても、自分の弱さはむしろ浮き彫りになるばかりだ。

 

 昨日、ほんのりそんなシーンがあった。

 仕事のこと、といっても、本来は困るに足らない人間関係みたいなとこなんだけど、自分にとっては結構根源的だと思っている事で、それを家族に少し話してみた。なんだか、もうしばらくこの話は少なくとも家族にはしないでおこうって思った。

 

 そして、湯川は少年に対してこう締めくくっています。

 

 「今回のことで君が何らかの答えを出せる日まで、私は君と一緒に同じ問題を抱え、悩み続けよう。忘れないでほしい。君は一人ぼっちじゃない。」

 

 きっと僕は家族に対して、自分のその部分を預ける気には本当はなれていなかったんだろう。ただ言ってみたかっただけで。そして、今はそれで良いんだとも思った。もどかしいけど、なんか不甲斐ない気もするけど、それで良いんだと思うようにした。

 

 そして、きっとベスキャリで「先輩」という立場を体感してみた事ともリンクするのですが、いつかこんな言葉を人にかけられる人になりたいかもしれない。今の自分には、そんな覚悟はまだ無いのかもしれません。

 これはきっと湯川の、少年に対する覚悟の現れであり、その象徴の言葉なんだろう。

 

 そういえばコブクロのYOUって曲にこんな歌詞があった。

 「君のすべてをいつしか、いつの日にか、ささえるから、なんて言えたらいいな。」

  

 多分両者の言葉は言いたい事は同じなんだろう。

 でもステージの違いがあるんだろうな。

 きっとどっちが良いとか悪いじゃない。

 ただ、僕はこんなことそもそも意識した事すら無かった気がする。

 

 だから、結局、僕は僕なりに学び、努力し、自分を磨かなきゃいけないんだろう。

 

 あぁ、来週はTOEICだぁ。。。