コバルトブルーからの飛翔

とりとめのない現実について書いていくブログ

相手と自分の価値観をあわせる

ブログ復活です。

公開しない方が良さそうなブログは下書き保存すればよいことを学んだので、
学んだことはきちんと公開していくスタイルにしようと思います。

 

昨日は今年3度目のNPO活動への参加。

そのなかで、自らの価値観を理解したうえで相手の価値観に合わせた説得方法を身に着けようというところが良い振返りになりました。

簡単に言うと、仕事を思うようにやってくれない人がいた時に、

自分の視点(大げさに書くと)「無能だな。できない原因は何?」

これが例えば相手のエニアが6だったりすると、

「君のこの仕事が滞るとメンバーに迷惑がかかっちゃうから一緒にやろうよ」

と相手の価値観に寄り添ったうえで「疑問点があれば一緒に解決していこう」と寄り添う形で示していきます。

逆にタイプ8だったりすると、

「何かこの仕事の目的や進め方で納得いかないところがあるのかな?」

と、動かない原因を聞いたのちに腑に落ちた後はあれこれ言わず進めてもらう。

 

といった形で相手の価値観に合わせたコミュニケーションをすると、
物事の進みが良くなりますよと。まったくそのとおり。

 

ですが、このコミュニケーションは最初が疲れます。

そもそも相手に働きかけたいシーンは毎回違うし、それに対して何が響くかも変わってくる。これを毎回思考するのはトレーニングとしてはいいですが、日々の仕事の中ではタイムロスです。(他のことに考える時間を使った方が良い)

 

そこで重要になるのが、

「その対象者へのキーフレーズを3つくらい作っておくこと」だろうと思います。

長く関係を築く相手とは都度都度反射するのではなく、

その人の価値観を最初の状態でコミュニケーションして把握して、

3つのワードを作ってしまう。

そして、その使い分けがベースでうまくいかなったら修正する。

 

これでどのくらい生産性があがるかわかりませんが、
せっかく学びを得たので早速明日から実践してみようと思います。

はや50日が経ちました

まぁはやいことはやいこと。もう年が明けて50日が経ったわけです。

今年の目標を「飛翔」なんて掲げてましたが、ちょっと怠けていたのでブログ再開します。

現在は仕事も落ち着いていて(定期異動発表前につき新しい案件がまだ降りてこない)、これは逆に「仕事してるからいい!」という言い訳が通用しないという後ろめたいことを思いつつ若干のぬるま湯の中に居ます。

こういう時に少しづつてがかりを見出そうということで、

ファシリテーション関係の勉強と情報セキュリティ関係の勉強をまったりやってます。

まったりやることの効果は一つ一つの言葉を反芻しながら学習できることです。時間を使って理解を深めるのは「心地よさ」と「身についてる感」があります。

一方で激流の中で学んでいるときは何もうまくいかないし、でも一方でその時の方が「気づいたら身になっている」ことが多いように思います。時間が経ったときに分かる的な。

 

と、最近思うのですが僕このパターンが多いのです。

いわゆる「高速でPDCA回す」的なかっこいい表現になんとなーく嫌悪感抱いていたのですが、高速でやるときは詰め込むこととこなすことでいっぱいいっぱいで気付いたら時が過ぎ去り、ゆっくり学ぶときは趣味の世界に入るので成果に結びつかないことが多い。

それでも経験を重ねることで身になってはいるのでしょうが、自己感覚として一致していないからなんとも気持ち悪さを感じる。

 

最近体調を崩した際にエネルギーが頭に集中することによるものだと学びを得ましたがそれと似たようなもので、これも自分の特性の一つなのだと思います。

 

とはいえ、いつまでもこの感覚に甘えているわけにもいかないので今日は外部のセミナーに行ってきます。テクニックではなく本質的な部分で学びがあれば良いなと思います。

 

振り返り第4弾:ビジネス講座

振り返りまくりシリーズきっと最終回はビジネス講座振り返りです。

今年はとにかく文章を書きました。そして3年間続けてきたことでもあるので、改めて振り返りをしたいなと思います。

夢中の1年。高望み足元観ずの2年。地に足付きかけた3年が雑感です。

 

少し詳しく見ていきましょう。

 

1年目は10月末の講座に向けて9月中旬にやってと言われたこともあり今までの講座をまとめることに注力しました。ただ、強いて上げるとするとやはり思考パートに強い興味があったのでそこは自分なりに結構アレンジしました。ただ、深堀することも考えている感じがしてかっこいいなぁというものだったし、マーケティング領域もそのこと自体が面白い!という感じでまとめあげたものでした。

講師としてはこのような経過を経ているのである意味迷いなく取り組めましたし、迷いなくという観点でいうと自分らしさ全開だったようにも思います。これわかる?できる?みたいな。ただその分人に伝わることもあったように思います。→これは今だから思う。僕の感覚では講師というよりプレゼンテーションでした。

また、人材育成という観点でも作業はお願いしましたが学生スタッフの成長のこととかは本当に考えてなかったなと。一緒にやろうよ!よくわかんないけど。状態でした。ただ、一つ悔やまれるのが彼らが一生懸命に考えてくれたコンセプト・深夜のファミレスで考えてくれであろうことを引き出せなかったことには申し訳なさを覚えていました。

 

続いて2年目です。

この時は時間もたっぷりあったので色々と考えて取り組んでいました。なんか1年やったし何でもできる感がありました。ワークも全部作ってやろうみたいな。その分終わった時の感想は誰かの気持ちであったり期待やそれの裏返しの反応そういったものに押し潰されそうになる感が強かったです。今になって思うと自分が思い描いた妄想がきちんと地に足がつけていなかったことに結構依存すると思います。その結果急に高い視座に直面したときに対応できなかった。自分が求めていなかっただけなのにどんどん自分ではまりこんでしまったなあと振り返ると思います。この時は誰に何をどう相談するべきかもわからずに同期や先輩にも迷惑かけたなあ。

先生からのフィードバックは分かった事、出来る事が増えたので、増えたリソースとの相対関係・相対評価でいえば自己評価は下がった。これで良い、これで大丈夫と思った事ほど、周りからの評価が厳しくなり、一生懸命にやりつつ「これじゃ、まだまだだよなあ~」と思って出したものほど、周りからの評価が高い(少なくとも、それほどひどくは言われない)という現象は起こりがち。これが囚われと統合を意味するものだということ。なので、自分色に囚われている以上周りからの評価が厳しく感じるといったようなことを体感的には理解できていなかったということかなと思います。

そして、提示された成長の段階論

①まったく無自覚に、自分の頭の中にこもり、他者との関係を避け、与えられたテーマに関する全体体系の把握と正確さ(間違わない)の追求に明け暮れ、周りのアドバイスに耳を貸さず、受講者の立場などどこかに飛んでしまい、独りよがりな難易度だけが高い講座になる。

②次の段階は、最初のレベルの思索と知的作業を、自覚しながらやってしまう。ここでは、思索と知的作業に没頭していて他者と関係するのを面倒くさがり避けているとも自覚する。

外から観察できるその様子は、拒絶的だが自覚が無い段階よりはまし。
そしてこの時はパフォーマンスも下がりがち。

③思索と知的作業に没頭しようとしている自覚を明らかに感じながら、思索と知的作業に埋没します。PCに向かって没頭している時間と、顔を上げて周りに配慮し他者のアドバイスに耳を傾ける時間とが交互にくる感じ。
関係者と関わるのは面倒だが、ぎこちなさが、段々と薄まってくる。

④思索と知的作業に没頭しようとする感覚を事前に感じ、それをしない、
 その程度を抑えられる行動になります。

⑤そして最後が、思索と知的作業に没頭しようとする感覚すら湧かなくなります。

 

2年目は②と③の間をいったりきたりでした。個人的に今年は③と④の領域で活動できたようにも思います。ただ、そもそもは巻き込みたい人を中心にやったので②には蓋をした見ることもできます。

 

そして、3年目はまさかの講師じゃない立場で迎えることになりました。

今年は卒業方式ではなく入学方式が採用されたため講師を譲ることになりました。正直最初は驚きというかまじかーという気持ちと応援したい気持ちの半々でした。個人的に講師をやるだろうと思って生活してきたこともあるので。

ただ、終わってみるとこの立場は面白かったなと思います。

ストーリーを考えることと人の成長にかかわることが仕事なので実務をやりたい誘惑を受けながらもそれに専念できたかなと思います。その分やりすぎてしまったかなとも思うところでありますが。もっとできたかなと思うことはビジネス講座も協賛企業的な位置づけで事業のリアルを伝えられたら最高だなと思います。

もう一点は今回学生スタッフに向けて提供したことをもっと組織的に広げていきたいなと思います。その過程では自分から手を離さないといけないこともありますがこれまでかかわってきた後輩と話をしなができたらよいなと思いました。

 

そして、この3年間講座にかかわらせていただきスキル面でも気づきがありました。

パワポの作り方もついパワポから始めてしまうのは自分の悪い癖なので、今年は構成に絞ってエクセルに絞って展開したことで「これがやるべきことだったのか。。」という感覚になりました。これは継続していかねばなりません。

また、物事を考えるということもグロービスの学びを振り返りできたように思います。なぜ、深く考えなくちゃいけないのか。深く考えることで何が見えてくるのか。ただ今年やったことは答えをすでに企業が提示していることに対して考えてそこまでの道筋を作ることだったので本当の意味で実施→検証のサイクルは回せていません。

ビジネス講座でそこまでやることなのかという議論は残りますが、事実として受け止めて仕事に生かしていきたいなと思うのです。

次のステップへ。

フィードバックに関する振り返りと今年やっていきたいこと

こんばんは。2016年。

年が明けましたが何か昨日と変わったことがあるわけではありません。
強いて言えば昨日ゴルフの練習をした筋肉痛が来たことぐらいでしょう。
あとはお正月特別スカウトで柳田が..(以下省略

というわけで、新年初ブログは昨日とあまりテンションを変えずやってきたことの振り返り第3弾としてベスキャリの【フィードバック】について振り返ります。

 

去年、いや一昨年に実施したフィードバックプロジェクト。

 一昨年は自分の状態の悪い時期とも途中重なり、特に最後は若干自暴自棄になっていた面もあり詰め切れなかったという思いもありつつ迎えた今年でした。

やはり共通のものをアウトプットするときは、ついつい流れで進めてしまうことをきちんと定義して個人がそこにいる意味までできれば定義して進めたほうが良いなと思ったことを思い出します。

ただ、フィードバックに対していろんな意見を交換して自分の中で固定観念としてあった相手に届けるべきことだけでなく、どう届けるか。どう信頼関係を築いていくかということについて深く考えられたことはすごくよかったなと改めて思うのです。

 

今でも思い出すのがそもそも何のために作っているかの議論の時に社会人スタッフが成長するためなのか。社会人として守るべき基準を作っているのかという議論。最初にそこまで頭回せてればなぁと痛感したものの個人的に忘却してしまっていたのが本来の目的は後者だったこと。これは結構苦いかつ反省となる思い出であるとともにそもそもベスキャリにかかわるうえで後輩にはできれば成長に寄与したいと個人的に思っていたことを再確認したものでした。

 

そして、今年。

社会人スタッフ向けの勉強会を1度。学生スタッフ向けの勉強会は2度行いました。学生スタッフが社会人にフィードバックをもらうことは当たり前になってきたかつ皆が向上心を持って社会人にフィードバックを求めるようになったかなと感じています。

また、フィードバックを通じて学生スタッフと社会人の間で繋がりができたかなとも思います。学生の話を聞く機会を作る意味でもフィードバックを通じてできたことがあったかなと思います。

一方で個人的に課題となって感じてきたのは3つに集約できそうです。

①フィードバックをSVするの環境を回せていない

今年は事前共有ミーティングや事後振り返りがそもそもできなかったというのは反省としてあります。ビジネス講座の時はやりましたが、それでもこの極意書に沿ってという観点で整理できていなかったなと今になって思います。

また、毎回振り返りをして運営面のフィードバックを記録するなどの6月に改定した内容は自分自身読み返せていなかったなと反省です。と、ともに文章の改訂だけでなく今年度として誰がどんな役割をやるか。それもできればペアでということをきちんとコミュニケーションして進めていければよかったのかなぁと。これは来年下の代も本格的に巻き込んで取り組んだほうが良いと思うことです。(フォローなさすぎじゃね?というのは心の奥にそっとしまいますw)

 

②学生スタッフとの連携が不十分

ここは①とも関わってきますが、学生スタッフが用意している講座を当然ながら当日知るのでどこまでフィードバックが必要かも変わってきます。分かりやすいGDや面接関係ならまだしも自己分析や業界研究など求められる役割として純粋に参加者にFBする日もあるので社会人がこういうこと考えていて...ということを彼らと対話する全体として会話して1年を始めていく必要があるかなと感じた次第です。
なので、改善案としては6月ごろにやった第1回勉強会の時に社会人側のルーティンを伝えてどのタイミングでコミュニケーションしていくか。メインの窓口は誰にするか。そのことによってどんな仕事が増える一方でどんな価値があるかを合意したうえで進められるとよいかなと感じています。
今年プログラムにたくさん顔を出す中で試行錯誤してみた部分はあり、応用動作でできてしまうところもありますが大切なのはやはり基本的なところを合意しておくこかなと。

 

③提供している講座の適正な評価が出来ていない

今年社会人向けと学生スタッフ向けの講座をやって適切なフィードバックを得られていないなと。自分なりに問題意識をもって企画して当日その人たちが学んだ様子をみて満足してしまっていたなと。やはりメモを用意してどんな小さな講座でもきちんと振り返って次に生かせるものを残していかないと自己満足で終わってしまう。それが、組織として取り組む必要性を改めて感じています

 

来年じゃなくって今年どこまでかかわれるかという話はありますが、個人的に昨年度はマネジメント一年生だったので今年下への引継ぎも含めてマネジメントも誰かに譲っていけるようになりたいなと振り返って思っています。

 

なお、社会人としてそもそもあるべき姿やできることは別途考えようと思います。

今年をエニアグラム観点で振り返ってみる

年末・紅白歌合戦コブクロが出ないのも2回目。

つまり、観る番組がない私は9つの性格の本を引っ張り出して読んでました。

 

いくつかタイプ5として気になるフレーズがあったので書き残します。

まず1つ目は最近人付き合いをうまくできていると感じる場面とそうでもない場面とがあるように思うのですが、他者との安全距離を常に取ろうとすること。防御方法としてポーズをとること。得た情報によってその場にふさわしいポーズをアレンジする。これが出来ているときは僕は非常に社交的な人間に写ることだろう。非常に納得。

次は感情センターと思考センターの位置づけについて。感情より思考を重視する傾向があるために感情を自覚するのに時間がかかるということ。感情のこみあげてくる感覚は結構あるだろうと正直思うのだが、それを思考で予知してシミュレーションして例えば感動的な場面でも感情のこみあげはあるもののこういう展開だろうと試行することに集中して感情の表現を抑え込んでいる感覚は非常に納得である。

あとは人に会っている時よりその後に人をより感じるということ。大人数が苦手というわけではないのだが、人と会っているときはついうまくやろうとかそういう気持ちが先に来てふと風呂に入っているときとかに「あの時こう感じていたんだなあ」とか思い返すことが多い。

さて、ここまで改めてたしかに~と納得したことを書いてきたが今後の方向性についても考え書き残しておこうと思う。

★自分の感情と向き合い、動揺になれる・突発的なことに心構えを持つ

これは適宜感情を書き残してみることも大事かもしれない。個人的に動揺になれる手段として最近使っているのは動揺しないよう予測しておくことだが、言い方は悪いがそれで対処できないぐらいの同様には素直に受け止めて表現していきたいと思う。
断片的だが、今年学生スタッフのアウトプットには結構感情的になりそのことを取り繕って伝えてしまったなと思うところがあったのでそういうときこそが自分の殻を破る機会なのではないかと思った。

 

★実感や実体験を大切にする

上記と重なるがどんなに本を読んでも実感や実体験に勝るものはなくて今続けていられていることも実感実体験を伴うからなのだと再認識した。

 

★チャレンジ精神(あきらめずにやり続ける)をもつ

個人的に一番問題意識を感じているのがこのことである。とかく「ここは自分のテリトリーではないな」というときのあきらめが早い傾向を自覚している。これをうまく使いこなせているときは「あれは自分が手を下すことではないので他の人にやってもらお」という思考が働くのである。【これは自分が責任もってやる】と決めたことに対してはしっかりとやり切っていこうと思う。ただ、最近意識し始めたことでまだまだ少しづつだがこれまでならこなしでやっていたことを真剣にやれるようになったように思う。意識して続けていくのみである。

 

★人の集まるところで自分を表現する

たわいもない話とかがとかく苦手なのもあり、前でも書いた演じられるモード以外の本当の自分を表現していくのは新たな課題である。これはまだ体感覚にも頭の感覚も追いついていないので意識するところから始めてみよう。(そういうことを避けてきた自覚はある)

以上長くなったが改めてタイプ5を振り返ってみた。

眠いので明日の朝にでももう一度読み返してみよう。

歳末お仕事振り返り

2015年も残すところ7時間ほど。

いつも久しぶりのこのブログですが、今回は仕事の振り返りをしておこうと思います。

 

入社部署は希望通りIT推進部。仕事の仕方とか知りませんが、とりあえず自分で考えて仕組みを作るということが好きなんだなと感じたべすきゃりでの1年間を踏まえてしっかりと希望を伝えられたと今振り返ると感じています。

 

1年目はアプリ側と言いながら改めて何もしていなかったなと。

なんとなく業務フローを見たような。今思うとあの打ち合わせで議論していたことはこういうことだったのかなと思う反面実に効率の悪い会議を積み重ねていたようにも感じられます。要件定義って難しいんだなということでもありますが。

 

2年目はBCPの訓練ととあるアプリケーションの二重化。

ここでは、自分が立場的には動かしていかなければならないが動かせる実務能力の高い人たちに支えられました。一方でこの時に感じていたことは、「このプロフェッショナル達がいなければ自分はもっとやりがいのある仕事ができるんじゃないか。」ということでもありました。自分ができそうと思ったことを自分の出来る質以上で仕上げてくる彼らの前で無力さを感じたことを改めて思い出します。

今思うと彼らの仕事への執念や一つのものを作り切る、不格好でも短い期間でアウトプットしきるというのはその当時は思っていませんでしたが良い学びとなりました。

自分がどこで価値を出しているかもわからずに褒められることの多い1年でした。

 

そして、今年。担当はオープン系の基盤になりました。先輩とタッグです。

最近気づいたのですが、ずーっとタイプ1だと思っていたタッグの先輩がタイプ7でした。うすうす感じはじめていましたが、仕事中どんだけ分裂しとるねん!ということのようです。あと3か月はペアなのでうまくやっていこうと思います。(ちなみに去年上にいた先輩はタイプ3の模様)

真面目に振り返ると、4月ごろは上記の2年目の名残で仕事を中途半端にしてしまった時期でした。残業も多かった。自分が理解せずに人にお願いしていたところのしわ寄せ、全体感を把握していなかったが故の失敗体験から始まりました。

 

そして担当変更後は、メールやインターネット、会の共通基盤の運用担当と新たなセキュリティ対策関係をやっていましたが、結構ばたばたもしていて課題の整理等で頭を使っている感覚もありました。

運用においては、障害対応で仕組みを知っていくのがメインでしたかね。何か問題が起こるとそのことに対する全体像を喫緊で把握しなければならないのである意味理解が深まります。

また、新たなセキュリティ対策においてはセキュリティを考える上ではネットワークの経路等を考えることとイコールなのでどういう基盤構成でどこの企業でも普遍的に存在するメールシステムや社内ネットワークが組まれているかわかってきました。

また、スキル面では大きく2つの気づきがあったかなと思います。

まずは、文書と説明で相手に納得してもらうこと。ただパワポやエクセルにするのではなく相手が理解できる文脈で資料に落とし込むことの練習になったように思います。これはべすきゃりで講座やってた時になかった感覚で伝える。伝わるためにレビューをするというのはすごく重要なことだなあと。ここをきっちりやれたことは良かったかなと思うので引き続き学びながらきちんとドキュメントが作れる人になりたいと思いました。

もう1つは、相手にアウトプットしてもらう力が必要ということ。これ、本当に難しいなと。プロなんだから求める質を出せよ!と思う気持ちはかなりありつつ、それでも自分のかける言葉一つで相手の動きが変わるということを実感しました。

直近では短期の成果が必要な時に相手に書いてもらう力と長期の成果が必要な時に相手に考えてもらう力を養いたいなと。そう考えるとプロジェクトマネジメントってかなり奥が深いんじゃないかと思えてきたところです。

 

と、とりとめもなくまずは書き起こしてみました。

今自分が考えている道筋の先にプロジェクトをトータルでマネジメントできる人でありたいというぼんやりとしたものが見えてきて上記2つはその構成要素かなと思うのです。

ただ、全農流。IT推進部流に染まってきたことの裏返しでもあるので視野も広げつつPM関係の勉強をしていきたいなと思った次第です。

 

来年やることは今日の夜にまた考えてみようと思います。

マネジメント?

社会人になって3年目も後半を迎え始めています。

はやいなぁ。と思ったり、まだ3年かと思ってみたり。

 

なんで久しぶりにブログに手を伸ばす気になったのかというと

一向にスキルが向上しないせいか上手くいっている実感のない本業と、最近マネジメント的なことを意識してNPOの方でやり始めた気づきをまとめておこうと思うのです。

正直な感想を言うとなまじ知識をつけてしまったせいか。
会社の上司に思う文句を同様に後輩に思わせてるんじゃないかと難しさを感じていたりします。因果応報。

 

ただ、そんな中で気付いたことがあったのです。

 

いかに手を動かさないか。手を動かす時に集中できるか。

 

動かないときは我慢する。とにかく我慢する。

手が空いてしまうと色々やりたくなってしまうので、
その時に目の前のことをやるだけじゃなくてそもそもを疑う

ただ、相手のそもそもを疑うのは得意ですが自分のそもそもを疑うのは辛い。
そこになんとなく壁がある気がするのです。

 

これはストレスなのか充実感なのかはわかりかねますが、
とにかく自分で考えてアウトプットする・自分だけで苦労してなんとかなるものじゃない世界を扱うことにちょっとわくわくしているようです。